イエシロアリの人口営巣実験

宮崎病害虫防除コンサルタント 児玉 純一
有限会社清水シロアリ研究所 清水 一雄
廣瀬産業株式会社 廣瀬 博宣

1.はじめに

写真01 設置前の状況 イエシロアリの生態についてはまだ不明な点が多い。特にその営巣過程の実態について触れた報告は少ない。
筆者らは今回、鹿児島県種子島の海岸においてイエシロアリの人口営巣実験を行った。
今回の実験では、イエシロアリの生息する地域に人工的に設置した容器の中にはたしてイエシロアリは営巣してくれるのかどうか、営巣した巣から女王蟻を取り除いたうえで、ふたたび埋め戻し、その後営巣部にどのような変化が起こるのかを観察した。

2.実験方法

汀線よりやく80メートルの地点の流木が散在する箇所および約100メートル地点の砂丘が段丘状になっている防風柵付近の2箇所を実験箇所に選定し、その箇所に直径80センチ深さ80センチの穴を掘り、それぞれ各1個の容器を埋め込んだ。

3.実験材料

写真02 容器(餌材)設置 実験に使用した容器は、上底直径47センチ、下底直径35センチ、高さ40センチの中身容量50リットルのポリエチレン製バケツで一般的に漬物樽として使用されているものである。
この容器の底の一部をくり貫き直径約23センチの穴を開けた。
この容器の中には周辺の砂地に散在していた流木(樹種不明)や板切れ、竹材などを適当な長さに切断して詰め込んだ。また底と周囲には段ボール紙を置き、中身を固定した。容器には上蓋をつけて、上蓋表面が地表下約20センチ位になる位置で埋設した。

4.実験経過

1993年10月20日に最初の容器を埋設した。

写真03 第一回目の観察 第1回目の経過観察は25日後の同年11月14日に行った。
このとき早くも2個の容器の中にはイエシロアリの大量の進入が認められた。流木や竹材などの内容材は著しく食害を受けており、材の末端部では営巣状態の初期段階に見られるような蟻土の柱状構造が発達していた。

第2回目の観察は最初の埋設から4ヵ月後の1994年1月30日に行った。
この時の観察ではさらにイエシロアリの生息数は増えており、2個の容器とも内容材の表面がイエシロアリで真っ白になるほどであった。蟻土の柱状構造は互いに交錯して網目状になり、内容材同士も蟻土により結合状態になっていた。

写真04 第二回目の観察 第3回目の観察は最初の埋設から約1年経過した1994年10月5日に行った。
この時の観察では2個の容器ともに内容材が蟻土に覆われていて、一見したところイエシロアリの営巣状態であった。蟻土の状態も核部分を中心に同心円状に発達していたが、内部密度はまだ粗く、一部空間部分もある状態であった。2個の容器の比較では内陸側の段丘上に設置した容器の方が内部蟻土の密度は高かった。
この観察の終了後、容器の上蓋表面と容器の周囲にクロマツ角材を餌材として投与しておいた。

写真05 第四回目の観察 第4回目の観察は最初の埋設から約2年3ヶ月経過した1996年1月27日に行った。
2個の容器ともに上蓋をとると内部にぎっしり蟻土が詰まっており、イエシロアリの営巣状態を呈していたので営巣部と判断した。この時点で、2個の容器を掘り上げて内容物を取り出し、中身を解体して精査した。

写真06 容器を外した営巣部 ○容器の掘り上げ
容器の底部には外部に向かって厚さ10センチ程の蟻土が付着していた。ポリエチレン容器自体も食害を受けており、底部は随所で食害穿孔されていた。容器の外周部および上蓋には食害孔は見られず、イエシロアリは底部から進入し営巣したことが伺えた。
○女王アリ(初代)の発見
写真07 女王確認 2個の容器から営巣部分を取り出して解体して精査した。容器と営巣部の分離は容易であり、営巣部は容器通りの形状をしていた。まず営巣部を縦に切断したが、中心部に向かって層状に営巣部分の各部屋が形成されていた。この2個のうち段丘上に設置した容器から取り出した営巣部の中心には王台らしき部屋が見つかり、ニンフ、幼虫、卵などが採集され、その後、女王アリ(初代)も発見採取された。

写真09 埋め戻し 写真08 埋め戻し前の状況 解体した巣のかけら、女王アリをのみ取り除いたコロニー構成虫(職蟻、兵蟻、ニンフ、幼虫、副生殖虫など)、クロマツ角材を混入し、同じ容器の中に入れてふたたび埋め戻した。
埋め戻した場所(位置)は前回と同じ場所である。

写真11 再構築された巣 写真10 五回目の観察 第5回目の観察は最初の埋設から3年4ヶ月経過した1997年2月25日に行った。
2個の容器を掘り起こし、容器から営巣部を取り出して観察した。
容器を掘り出したところ、容器内にはイエシロアリの巣が見事に構築されていた。その様子は前回同様であった。巣の密度は高く、その形状も容器の内径にびっしりと密着していて、とても解体された巣が修復されたとは思えないくらいにしっかりと構築された営巣部であった。
写真12 副女王発見 ○副女王(2代目)の発見
営巣部を容器から取り出し解体して観察したところ、巣の底部に王室らしき部屋が発見され多数の卵塊とともに1頭の女王アリが発見された。
さらに解体をすすめるとすぐ近くでもう1頭の女王アリが発見された。2頭ともまるまると肥大しており、複眼はなく、翅痕部も見当たらない。まぎれもなく2頭の副女王(2代目)であった。
解体した巣のかけら、副女王アリを取り除いたコロニー構成虫(職蟻、兵蟻、ニンフ、幼虫、副生殖虫など)、クロマツ角材を混入し、同じ容器の中に入れてふたたび埋め戻した。
埋め戻した場所(位置)は前回、前々回と同じ場所である。

写真14 再構築された巣 写真13 六回目の観察 第6回目の観察は最初の埋設から4年経過した1998年10月01日に行った。
2個の容器を掘り起こし、容器から営巣部を取り出して観察した。
前回同様、見事に再構築されていた。
写真15 副女王発見 ○副女王(3代目)の発見
営巣部を容器から取り出し、解体して観察したところ、副女王(3代目)を発見した。
副女王は1頭しか見つからなかった。また、営巣部は2代目に比べ、若干小さく、湿気もあり、巣の活性は悪くなっていた。
○実験の終了
この後も再び埋め戻し、観察を続けたが、環境の変化からか、再構築されなかった。
営巣は3代目までで、4代目の確認はできなかった。
1993年10月から行った実験も、2000年4月で終了した。

5.考察

当初容器を設置した時から第1回目の観察の間に羽アリのシーズンはない。したがって、イエシロアリの有翅虫が容器に飛び込み繁殖したという訳ではない。
当初容器の中に詰め込んだ流木などに初期段階の営巣部や大量のイエシロアリが生息していたという事実もない。
考えられることは、容器を設置した近辺で生息していたイエシロアリの集団が、より良い営巣環境を求めてこの容器へ営巣部を移動させたものと思われる。
この実験に先立ち、われわれは流木の下や防風柵の支柱下での営巣箇所発見に努めたが、発見には至らなかった。容器を設置した半径100m以内は砂地で流木または防風柵しかない。100mも離れたクロマツの切り株が埋まる地帯から砂浜を越えてイエシロアリが進出してきているとはこれまでの常識からは考えられない。
営巣探索の過程では防風柵支柱下部に、イエシロアリの初期営巣段階の小さな膨らみが数個見つかったが、いずれもすでに放棄されたものであった。イエシロアリが生息している以上、どこかにまとまった営巣箇所があるはずだが、このように餌材に乏しい砂浜でイエシロアリが生息し続けられるだろうかとの疑問もわいてくる。
以下は、われわれの推測であるが、海岸から内陸部へ200m地点のクロマツ幼生植樹帯および防風林には大量のイエシロアリ生息が確認されており、営巣箇所を何箇所か確認し、巣を掘り出したこともある。時期になれば、この地区からの羽アリ発生数はおびただしいものがあると思われる。付近に人家のないこの海岸では、灯火に乏しく、飛び出した羽アリが海水面の反射光に誘われて行くことは想像に難しくない。その途上で流木や防風柵支柱に到達した羽アリが繁殖を試み、ある程度までは成長するが、やがてきびしい生存条件によって生息できなくなる。このような現象がこの砂浜では毎年繰り返されているのではないだろうか。

6.まとめ

今回のこの試みは実験と称しているが、科学的あるいは客観的なデータに基づき実験されたものではない。経時的な事実確認や地理的あるいは環境的な観測データに乏しく、その他対比されるような様々な要因についての試みはなされていない。
しかし、人工的に設置した容器の中でイエシロアリが営巣したという事実は確認できた。
このことは日頃イエシロアリの防除にたずさわっているわれわれ業者にとって興味深いことである。ご承知のようにイエシロアリの防除は難しい。最近では建築工法や住環境の変化によりイエシロアリの営巣箇所も容易に特定できにくくなってきた。
運良く女王アリを駆除(取り除いた)巣でも、わずか1年ほどで再生し、2頭の副女王が卵を産んでいる事に驚きを覚える。
ただ、イエシロアリの生態には、まだまだ知られていないことが多い。たとえば、この複数の女王はいつまで同一巣の中で共存するのでしょう。また、いずれは1頭の女王に統一されるのか、さらには、この副女王は副生殖虫と呼称される階級から分化したものに違いないが、それはニンフ型なのかそれとも別の型なのか。その他、今まで文献でしか知り得なかったイエシロアリの様々な知識の解明にいっそう興味がわいてくる。
最後に、この実験を行うきっかけを与えてくださった元宮崎大学農学部技官中島義人氏に心から感謝申し上げます。中島氏のイエシロアリ生態に関する長年にわたる多大な研究成果と知識によるご助言があってこの実験は行われました。